スペシャルインタビュー

#12 CTB 安井慎太郎 たくさんの人に支えられて。

ポジションはセンターとスタンドオフ。
09シーズンはケガに悩まされながらも6試合に出場。
たくさんの人に支えられラグビーができていることを噛締めながら日々の練習、試合に励んでいる。好きな言葉は「栄光に近道無し」

― 何歳からラグビーを始めましたか

「中学校1年生から始めました。」


― ラグビーを始めたきっかけは

「2つ上のお兄ちゃんがいるんですが、僕が中学校へ入学する頃お兄ちゃんの友達が家に遊びに来たんです。その友達は中学校でラグビーをしている人で「中学でラグビーを一生懸命にやれば、勉強しなくても高校に入れるぞ」という一言でラグビーをやろうと思いました。(笑) それでたまたま自分が通う中学校にはラグビー部があったので入部しました。 藤沢市にはラグビー部がある市立の中学校が4校しかなかったんですよ。」


― ポジションは

「中学校では、最初フッカーをやっていました。
フッカーをやったきっかけというのが、またまたお兄ちゃんの友達(ラグビーを始めたきっかけとなった友達)が出てくるんですが、その人が新入部員のポジションを決めました。「お前ら一列に並べ」って言われて横腹をつかまれ「お前はフォワード、お前はバックス」といった感じで分けられ、僕はフッカーになりました。
でも途中から3年生の先輩が引退してしまい、1年生と2年生合わせても6人ぐらいしか部員がいなくなってしまい、そこから毎日腹筋背筋しか練習しなくなりました。 これじゃつまらないということでサッカー部に転部しました。ラグビーは家の近所にラグビースクールがあったので幼なじみと一緒にそこでラグビーをやりました。 ラグビースクールでは素人に近い僕でしたがウイングをやりました。」




― 今の安井選手からはフッカーといポジションは想像もつきませんが

「フッカーは凄く面白かったですよ。中学生の頃ってスクラムを組んでも押すことは1mくらいしかできないんですが、この1mのなかでもフッカーってボールを狩り出すじゃないですか、それが相手ボールからのスクラムだと凄く取りたいたから一生懸命頑張るんですよ。それが面白かったですね。
今では、そのままフッカーやってなくて良かったなって思います。」


― 三菱重工業へ入社したきっかけは

「大学まで話はさかのぼるのですが、大学時代からトップリーグでラグビーがやりたいと考えていました。3年生の時にはあるトップリーグチームから声を掛けて頂いていたのですが、膝をケガして1年間ぼうにふってしまったんです。もちろんトップリーグチームとの話も無くなってしまい・・・
でもそのチームには尊敬する先輩もいたし、どうしてもトップリーグでラグビーがしたかったので、なんとか入りたくてトライアウトも受けたのですが、願い叶わず。もう一年大学でラグビーをやろうと決めたときに、三菱重工さんからお話を頂いたことがきっかけです。
ここからが僕の苦い経験というか、教訓になったことなんですが・・・
その年はちょうど三菱重工がトップリーグへ昇格した年で、九州電力と三菱重工のチャレンジマッチを見に行ったんです。その試合で三菱重工はボコボコに負けてしまい・・・
その日はちょうど九州電力に就職することが決まっていた友達と見に行ったんです。
彼と帰りのバスの中で「三菱重工弱かったな・・・ディフェンスがちょっとな〜」みたいな話をしていたんです。
後日、三菱重工へ面接を受けに行った時に面接官の方から急に「君はうちに来る気はあるのかい。」と言われました。
チャレンジマッチの帰りのバスにちょうど乗っていたみたいで、僕たちの会話が聞こえていたとのことでした。
その時は頭が真っ白になりました。面接はそのまま続いたんですが、何も思いつかなくて、でもこのままだと三菱重工に入ることができないと思い三菱重工に対する思いをぶつけました。
「あの試合を見ていて隣には九州電力へ行く友達がいてとても悔しかった思いがあります。三菱重工に対して申し訳ないことを言ってしまいましたが、だからと言って三菱重工に行きたくないといった気持ちは一切ありませんし、僕が三菱重工に入っていいチームにしていきたいです。」
本当真っ白になりましたね。面接終わってから帰りのタクシーで親にすぐ話して「本当ごめん。こんなことがあってダメになっちゃうかもしれないよ・・・」って電話したことを覚えています。
その後、いろいろな方にご足労いただき、入社することができたのですが・・・ 人生の教訓になりました。」




― 職場ではどんな仕事をしているんですか

「僕の職場では舶用エンジンや発電機のエンジン等のアフターサービスをしています。そこでの僕の仕事は、三菱重工業はとても大きな会社なので自社のエンジンを使っている事業所へ部品を供給したり、国内のエンジンを扱っている販社さんに対し部品を供給する等の仕事をしています。
職場の皆さんがとても優しいので、いろいろ教えて頂きながらなんとか仕事をしています。僕の職場のグループ長はラグビー部のOBでもあるので、よくグラウンドまで試合を見に来て下さるし、今年から僕の上司になった方も僕の出場する試合は見に来てくれました。若手の社員の皆さんからは「頑張ってね」って応援してもらっています。(笑)
本当皆さんのお陰でラグビーができています。」


― ダイナボアーズへ入部してからの印象は

「ダイナボアーズに限らず、社会人ラグビーはコンタクトが激しいと思いました。練習終わって次の日になると腕とかにアザができてて、筋肉痛もひどくて・・・僕は体が太い方じゃなかったので最初はきつかったです。慣れたのは夏ぐらいからですかね。」


― 一年目からトップリーグの試合に出場しましたね

試合ではチームをコントロールしなくてはならないスタンドオフを何度かやらせてもらったのですが、正直どうしていいのかわからなかったです。
特に印象に残っているのは、当時タッチキックを蹴るのはスタンドオフの役割になっていて、だけど僕はキックが苦手で・・・寛さん(CTB豊山寛)がキックを蹴れる選手だったので、 試合前夜に「明日のキック蹴ってくれませんか。」みたいなことを寛さんにお願いしたんです。でも最終的に自分が蹴ることになってしまい、案の定その試合ではタッチキックを何度も失敗してしまって、 ついに当時キャプテンをしていた喬輔さん(スキルコーチ佐藤喬輔)に「いい加減にしろ!」って一括されたことが一番印象に残っています。
あの時は苦しかったです。スタンドオフはやりたくないって思ったぐらい。
10シーズンも何回かスタンドオフをやらせて頂いたんですけど、以前よりは余裕をもってプレイできたと思います。前よりは楽しめたかなって。」




― ご両親には毎回グラウンドまで足を運んで頂いています。ありがとうございます。

「昔からなんです。何か自分たちの用事がないかぎり絶対見に来てくれます。それは小学校の頃僕がサッカーを始めた時から・・・中・高・大学みんな来てくれました。正直、高校ぐらいまではイヤでしたね。今でこそそこまで大声で応援しなくなったんですが、昔は「しんちゃーん!!」みたいな感じで元気いっぱい応援してくれてましたから・・・
でも好きなことやらせてもらってきたし、感謝の気持ちでいっぱいです。」


― 藤沢市出身ということでサーフィンにはまっていると聞いたのですが

「家から川沿いを10分くらい歩いたところに海がありますからね。
イタも買ったしスーツも買ったので気合いは入っているんですが、練習や試合等もるので月に1回くらいしか行けてないですね。
とにかく藤沢はいいところですよ。」


― 安井選手の藤沢市お勧めデートコースは

「秘密にしておきたかったんだけどな・・・(笑)
まず藤沢駅に集合します。そこから江ノ島電鉄に乗り江ノ島に行きます。着いたら江ノ島水族館で楽しみ、その後は島内の出店をぶらぶら散歩。そのまま鎌倉へ行き珊瑚礁という美味しいカレー屋でご飯を食べます。 会話を楽しみながらお腹が満たされたところで外はもう夜ですよ。藤沢に戻ってきて車に乗り換えます。そして湘南平という夜景の綺麗なところへ行って・・・感動すると。完璧ですね。(笑)」


― 藤沢市のお勧めのお店は

「おでん街道なんていいですよ。藤沢の海浜公園の横におでん屋さんが何店か並んでいる通りがあるんですよ。あんまりキレイとはいえないお店なんですけど、 おでんは美味しいし、相模湾で獲れた魚をさばいてくれたりして値段もそんなに高くないんです。定食なんかも出してくれますよ。 以前に沼田さん(SO沼田一樹)と内山さん(09年度引退)をご案内したんですけど、「いいね〜!」って言ってましたよ。」


― 最後にファンの皆さんへメッセージをお願いします。

「4シーズンぶりに何が何でもトップリーグへ昇格できるよう一生懸命頑張ります。
是非、グラウンドまで足を運んで頂き、今まで同様熱い声援をよろしくお願いします。」




PROFILE

やすい・しんたろう/生年月日:1984年12月7日/身長・体重:178cm・84kg/出身:神奈川県藤沢市/経歴:湘南工科大付属高等学校→日本大学→三菱重工業株式会社 汎用機・特車事業本部(エンジン営業部・エンジン補用部品G)/愛称はヤス/夢は海の目の前に大きな家を建てること