渡部 選手
「夢を現実に、これからも努力」
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「ずっと夢を追って歩いてきた野球人生」と淡々と語る渡部英紀外野手。今年で社会人野球14年目を迎える。
入社3年目の平成12年(2000年)秋、野球部は企業チームからクラブへ登録変更。当時キャプテンだった渡部選手は‘強豪ひしめく神奈川で自分を成長させたい’気持ちで、三菱横浜での続行を決意する。週2回数時間だけの練習時間。対外試合もなく、ぶっつけ本番の都市対抗予選。それでも自分の野球を見せることで、チームを引っ張った。補強選手として平成11年(1999年)から9回、自チーム出場を入れると通算11回全国大会に出場した。補強時代に4回の優勝を経験し、‘優勝請負人’の異名を持つ。
補強選手時代に感じたのは「選手の能力の差はそれほどない。足りないのは実績と自信。どんなに厳しい環境でも、勝つために自分たちは何をやるべきか考え、取り組み方を変えれば、まだまだやれることを選手たちに話した。自分も含めそれぞれが変化したことで、確実に進歩していった」と語る。「勝ちが増えると自信になり、もっとみんなが努力するようになった。あの時代の結束力は大きかった」。
35歳を迎え、球へのすばやい反応は落ちてきた。その分相手投手の投球の幅や走者の位置、カウントによる相手バッテリーの配球の癖はいつも把握して打席に立つ。「まだまだやれると思います」と微笑んだ。一番うれしかった思い出は、投手だった小学生の時にもらったエースナンバー「1」。「このときの土の感触、埃の匂い、春の日差しを鮮明に覚えている。一生忘れられない」。この思いがある限り、野球への情熱が衰えることはないだろう。