#005 PR 小松学 新たなる挑戦

2009年度セコムラガッツから移籍し、ダイナボアーズの新戦力としてリーグ戦全試合出場。ダイナボアーズのMVP選手にも選ばれた。持ち前の真面目さと 努力を惜しまない姿に、チームメイトからの信頼も厚く、入部1年目にしてチームの核となる。己の原点を「勇気・友情・チャレンジ」とし、活躍しているプ ロップ小松学を直撃した。
― ラグビーを始めたきっかけを教えて下さい
「ラグビーは高校(国學院大学栃木高校入学)から始めました。僕が中学3年のとき2つ下の弟が国學院大栃木の中等部に通っていて、担任の先生が現国學院大学栃木高校ラグビー部監督の吉岡先生だったんです。弟は中学からラグビーを始めていたので、吉岡先生に「兄貴がいるなら呼んでこい」と誘われたのがきっかけです。それまでラグビーは全く知らなくて、初めて吉岡先生に会いにいった時に、ラグビーの試合を初めて見ました。しかも初対面の吉岡先生に「お前出てみろ」といきなり言われ、ルールもパスの投げ方も知らないのに試合に出ました。ボールをもらったらとりあえず突っ込めと言われていたので、その通り勢いよく突っ込んだら、おもいっきりお腹にタックルされて・・・みぞ内に入ってとても痛かったことを覚えています。もうめちゃくちゃでしたよ。それが中学3年の2月ぐらいでしたかね。とても印象的な出来事でした。」


― ラグビーを始める前はどんなスポーツをしていましたか
「僕自身は小学校4年生からずっと野球をやっていて、ポジションはキャッチャー以外はやったことがありませえんでした。だからといって体が大きいわけではなく、中学を卒業する時は163cmの65kgでしたからね。でも自分で言うのもなんですけど良い選手だったんですよ。(笑)ずっとバッテリーを組んでいたピッチャーも栃木県では名の知れた奴で、高校の野球部からも誘われていました。でも僕は高校では違うスポーツがやりたかったので、野球は辞めようと考えていたんです。」

― 国學院栃木高校時代の思い出は
「高校に入学してからラグビーを始めて、最初はフランカーをやっていました。でも、どんどん体が大きくなっていったので、ポジションも前の方になっていき、最終的にはプロップとフッカーの両方をやっていました。高校時代印象に残っていることは吉岡先生の言葉ですね。『勇気・友情・チャレンジ』この3つをずっと言われ続けられました。でもこの言葉はラグビーに通じる言葉だと思うし、私生活にも通じる言葉だったので、僕の原点となる言葉でした。

― 法政大学時代はどうでしたか
「大学は法政大学へ入学。大学でもプロップとフッカーをやっていました。3年生の時から公式戦のリザーブ(控え選手)に入ることができ、4年生ではレギュラーになれるかなって思っていましたが、最後の夏合宿で膝をケガしてしまったんです。復帰できたのは公式戦の途中から。2、3試合は出場させてもらえたのですが、あとはリザーブでした。レギュラーになれるかなって思っていた矢先のことでしたので、とてもショックでした。だけどそれも実力の内ですからね。大学時代は悔しかったことが一番の思い出だったかな・・・」


― 2009年度セコムからダイナボアーズへ移籍してきた1年間はどんな年でしたか
「セコムからダイナボアーズへ移籍してきたこの一年間は激動とまではいきませんが、とても早かったです。当たり前ですが、付き合う人も変わったし、今までのセコムスタイルとは違うので、ダイナボアーズはどんなスタイルのチームなのかとか、雰囲気だとか、気をつかいながら見て、感じてきました。ダイナボアーズの第一印象といえば、ラグビーに対して真面目な選手が多いということでした。きつい練習でも、みんな文句を言わず、もくもくと励んでいるし、『よし!やるぞ!』っていう雰囲気の中で練習をしていたので、とても良いチームだと思いました。実際一緒に練習してもそれは感じたし、尊敬できる選手もいました。なかでもジョーさんは年の若い選手たちともよくコミュニケーションをとっているし、試合が終ってからは、みんなを食事に誘ってラグビーの話をするんです。自分が口下手なこともありますが、みんなに気をつかいながらコミュニケーションをとっている姿は尊敬していますし、大切なことだなって感じています。
 あとは、僕がダイナボアーズへ入部したと同じく、高岩監督も今年度から就任され、チームにとっても新しいスタートだったと思います。高岩監督は多くは語らないといった感じの人ですが、選手をよく見ててくれているし、なによりもラグビーに対する熱さを感じるので、試合に勝って、この人を男にしたい!と思っています。
試合を通して感じたことは、サポーター・ファンの皆さんがとても温かいということです。ホームグラウンドで試合をするときは、会社の皆さんをはじめとするたくさんの人が応援に駆けつけてくれ、声援を送ってくれます。これはピッチに立っている時、とても励みになるんです。このサポーター・ファンの皆さんのためにも良いプレーを見せて喜んでもらいたいし、良い成績を残したいと思うんです。実際できたかといえば、できなかったかもしれませんが、いつも見守っていただいていることを僕は意識しました。他にも、ラグビースクールの子どもたちがいつも一生懸命に応援してくれているので、その子たちのお手本になれるような選手になりたいです。」


― 09年度リーグ戦では全試合出場。小松選手にとってどんなシーズンでしたか。
「09シーズンは、入部一年目ということもありますが、コミュニケーションをもっと取らなければいけないと思いました。スクラムにしても、ラインアウトにしても、フォワードの中でも。コミュニケーションを取るということは意識しているつもりでしたが、実際はとりきれていなかった面もあるので、そこは反省だったと思います。
プレーでは、ポイントに早くよることと、ポスト、フローターといったところでのディフェンスを意識しました。フォワードが早くディフェンスに入ることで早い球出しができるので、良いリズムで試合をすることができます。実際にできたかと言うとポイントには行くけど、そこから相手をクリーンアウトして良い球出に繋げることはあまりできませんでした。これは来年度の課題にしたいです。
一番心に残っている試合は、最後のプレーオフ横河戦でした。チームが1つになっているのを感じることができたし、試合の次の日には、応援に駆けつけてくれた職場の方から「良い試合だったね」って言ってもらえました。結果は負けてしまったけど気持ちは伝わったと思うんです。僕にとってもこの1年の中で一番良い試合ができました。こうゆう試合をいつもできるようになりたいです。」

― 2009年度チームのMVP選手にもえらばれましたね。
「MVPをいただけたことについては、普段の練習に取り組む姿勢や、試合での結果等を加味して選んでいただけたので、とても嬉しいです。自分はMVPはもらえないだろうなと思っていたので、発表された時はとても驚きました。ダイナボアーズに移籍してきて、このチームに少しでも貢献したいという気持ちでやってきたので、シーズンが終ってこのような評価を頂けたことにとても感謝しています。」


全体練習が終ってからも1番最後まで個人練習に励み、誰もいないグラウンドをひたすらに走り込む。自分の体のケアーはもちろん、食事管理にも気を使っている。そんな姿から「小松は頑張っている」と言われることがあるという。 『そんなことはスポーツ選手なら当たり前のことだと思っています。会社でも会議をやるときは資料をしっかり準備していくように、練習・試合をするにあたって、準備をするのは当然ですよ。』 ラグビーにおいても私生活においても真っすぐ取組む姿勢は、チームに良い影響を与えている。ダイナボアーズ2年目を迎えるにあたり、更なる成長と活躍が期待される。

PROFILE
こまつ・まなぶ/生年月日:1983年5月27日/身長・体重:180cm・103kg/出身:栃木県/経歴:国學院大学栃木高校→法政大学→セコム株式会社→三菱重工業株式会社 汎用機・特車事業本部(総務部 総務・環境課)/代表歴:関東代表/愛称はガク。09年度セコムから三菱重工へ移籍、持ち前の真面目さと努力でリーグ戦全試合出場。ダイナボアーズMVP選手にも選ばれた。趣味はミント味のタブレット集め。「可愛い容器に入っているのがたまりません!(笑)」