#024 山本 逸平『沈着なる闘志。』

コントラストの妙はラグビー観戦の醍醐味のひとつだ。小さく軽い者が鋭く動き回って大きく重い相手をやっつける。単純な目方やパワーだけでは勝負が決まらないところに、この競技の奥深さがある。

山本逸平は、そんなラグビーの楽しさを再認識させてくれる選手だ。身長172センチ、体重は自己申告で「ようやく73キロを少し超えたくらい」。日本の平均的な成年男性とさほど変わらない体格ながら、100キロを超える大男にも果敢に立ち向かい、翻弄し、時には激しくヒットして押し返してみせる。速さと気迫でサイズの差をないものとする。

拓殖大学から2014年に三菱重工相模原に入社し、1年目からFBで出場機会をつかんだ。トップチャレンジ、入替戦は全試合に先発し、チームのMVPも獲得。2年目はケガ、3年目の昨季はSHにコンバートされたこともあって大幅に出番が減ったが、今季はふたたび本来のWTB/FBに持ち場が戻ったことで強みを存分に発揮できるようになり、春からインパクトあるパフォーマンスを続けている。

プレーヤーとしての最大の魅力は、ひと際目を引くスピードと、どんな相手にもひるまぬ強気の姿勢だ。一瞬でトップギアに入る加速力とステップのキレは、脚力自慢がそろうダイナボアーズのバックスリーの中でもトップクラス。小さな体をフル稼働させて少しでも前へ出ようとするエネルギッシュなプレースタイルは、いつもチームを奮い立たせる。

まだあどけなさの残る風貌とは裏腹に、負けん気は強い。今季ここまでを振り返ってのコメントにも、揺るぎない矜持がにじむ。 「WTB、FBのほうがやってて楽しいし、使ってもらえるのは素直にうれしいです。ただ正直、SHをやっていた去年から、他のWTBに負けているという気はしていなかったので。体は小さいですけど、これくらいはやれるという気持ちは、常に持っています」

昨シーズン不完全燃焼に終わった悔しさから、この春はもう一度体づくりから見直してトレーニングに取り組んだ。力強さが増すとともに、プレーの安定感も向上。「周りからも『デカくなったな』と言われます」と手応えを口にする。

1シーズンとはいえSHに挑戦したことも、結果としてはプラスになることが多かった。違うポジションを経験することでプレーの幅が広がったことに加え、周囲がWTBやFBに何を求めているかも、身をもって理解することができた。

「SHがラックに巻き込まれた時など、WTBの僕がすぐに気づいて球出しをできれば、早い展開を継続できる。よりチームに貢献できるようになったと思います。ボールのもらい方ひとつとっても、どうすれば味方がパスしやすいかなど、以前より考えてプレーするようになりました」

小学校、中学校と野球に熱中し、5回の花園優勝を誇る名門、目黒学院高校入学と同時にラグビーを始めた。同期が5人しかいなかったこともあって全国大会には縁がなかったが、当時からアタック力はチームでも際立つ存在だった。ちなみに父、兄も同校ラグビー部出身で、兄は弟と正反対の190センチ近い巨漢。現在はアメフトのアサヒビールシルバースターに所属している。

「中学までは足が速いほうではなかったんですけど、ラグビーをやり始めてから速くなりました。高校時代は監督(幡鎌孝彦氏)がおもしろい発想の人で、アタックの時はSO、ディフェンスではFBに入って、相手のキックボールをキャッチしたら全部行け、と(笑)。アタック専門みたいな感じでした」

進学した拓殖大学では現日本代表のヘル ウヴェと同期で、3年時は関東リーグ戦3位に躍進する原動力となった。しかし4年時はリーグ最下位に沈み、入替戦で山梨学院大学に敗れ2部に降格する蹉跌を味わう。線の細さを敬遠され進路もなかなか決まらなかったが、卒業を間近に控えた2月、父と武山信行・ダイナボアーズ前GMが目黒時代の同級生だった縁で、三菱重工相模原入りが決まった。

「ラグビーを続けたかったのでギリギリまで探していたところ、大学4年の2月に、入れていただけるというお話をいただいて。すぐに『ありがとうございます』と」

入社してまず感じたのは、先輩選手の意識の高さだった。「練習の取り組み方にしろ、体のケアにしろ、大学生とは違うな、と」。レベルの高い環境で過ごす日々は、それまでとは異なる充実があった。クラブを支援してくれる会社の手厚いサポート体制にも、感じるものは少なくない。

「僕が入った時はプレハブだったクラブハウスも、すごいものを建てていただいて。これだけ環境が整っているクラブは、トップリーグでもめったにないと思いますし、会社に感謝しながらがんばっていかないと、という気持ちです」

社会人4年目の26歳。プレーヤーとしてまさにこれから脂が乗ってくる年代だ。チーム内でも若手から中堅に差し掛かり、いままでとは違った役割が求められるようになる。

「引っ張られる側から引っ張る側にならないと、という気持ちはあります。そういうのが苦手でなかなかうまくいかないんですけど(笑)、それを変えていかないと。今は試合に出ているのが30代の選手が多い。僕らががんばって、下から底上げしていかなければと思っています。それができなければ、今よくても数年後にはまた弱くなってしまうので」

この6月には、大阪工大高から早稲田大学、神戸製鋼で華々しい実績を残してきた中濱寛造が移籍加入。強力なライバルが出現したことで、バックスリーのポジション争いはさらに激化した。それでも山本に、気負う様子はない。

「自分にないものを持っている選手ですし、経験も知識も豊富で、勉強するところがたくさんあります。競争しつつ、いろいろと吸収できればいいですね。でも、負けるつもりはないですけど」

複数のポジションを高い次元でこなせる選手の存在はチームにとって貴重だ。WTB、FBとして十分な力量を有しながら、専門職であるSHも兼備できるとなれば、メンバー編成のオプションは飛躍的に広がる。そのアドバンテージは、タイトな試合が連続するトップチャレンジリーグにおいてより大きな意味を持つだろう。

「まずは試合に出場すること。対戦相手のレベルが上がるぶん、体にかかる負担も増えるので、しっかりケアしつつ全試合出場を目指してがんばりたい。強い相手のほうが楽しいので、不安はありません。やったことのない相手と、やったことのない会場で試合ができるのも、楽しみです」

淡々としているように見えて、発せられる言葉はどこまでも強気だ。ここという場面で大仕事をやってのけるのは、案外そうした選手が多い。山本逸平にも、そんな雰囲気がある。

Published: 2017.09.15
(取材・文:直江光信)