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三菱重工グラフ graph -Read the future-

No.171 2013. 4

熱人探訪。気象監視と緻密な計算で限りない夢を無限の宇宙へ「H2Aロケット打上げ輸送サービス」の陰の立役者

三菱重工は2007年、H-IIAロケット13号機から、「打上げ輸送サービス」をスタート。
ロケットの開発、製造から打上げまで、一貫してサービス提供できる体制を整えた。
そのミッションは、人工衛星を「決められた日に」「指定の場所に」「安全に」届けること。
その一翼を担うのが井手の担当する、宇宙システム技術部の軌道設計などの業務である。
さらに種子島での気象判断も行う井手は、打上げ時に決して欠くことのできない存在だ。

航空宇宙事業本部
宇宙事業部 宇宙システム技術部 計画課
井手 陽介

気象予報士の立場から打上げ成功をバックアップ

写真:種子島宇宙センターの大型ロケット発射場

種子島宇宙センターの大型ロケット発射場。海岸線にあるため、「世界一美しい」発射場ともいわれている。

「『行け! 行け! 行け! 』とにかく心の中でそう叫んでいますね」

“ロケットが打上げられた瞬間の気持ち”を井手はこう答えた。言葉はシンプルだが、その思いは強い。なぜなら、大きな弧を描き飛び立っていくそのロケットの軌道を決めることこそが、彼の仕事だからだ。「指定の場所で人工衛星を分離するという、当社のミッションが完了するまでは祈るような気持ちです。まだまだ気が抜けません」。

H-IIAロケットの打上げが民営化されて以降、井手は種子島宇宙センターでじかにそれを見届けている。17号機と21号機では軌道の設計をしているが、実はその担当者が現地を訪れることは珍しいという。打上げの延期などが生じた場合、すぐに名古屋の製作所で軌道プログラムを調整する必要があるからだ。しかし井手は、打上げのおよそ1週間前に種子島に入る。もうひとつの顔である気象予報士としての重要な任務を果たすためである。

「憧れていた種子島宇宙センターでの業務にぜひ携わりたいと、入社2年目に気象予報士の資格を取得しました。ロケットの打上げに際して、気象条件は最も気を配るべき要素のひとつ。その監視も三菱重工の大切な仕事なのです。50メートルを超える頑丈なロケットを飛ばすのに、それほど雨風に気を遣う必要があるのかと思う方もいるかもしれません。しかし、少しでも重い人工衛星を運ぶため、燃費を良くするため、ぎりぎりまでスリム化しているのが現在のロケット。わずかな風の変化も見逃せないのです」と井手は言う。

気象庁のデータなどをもとに、雨、風、雲、雷を総合的に見極め、打上げ執行責任者に気象面から打上げの可否を伝えるのが井手の役割だ。「GO/NOGO判断」と呼ばれる責任者の執行決定は、機体を発射台に移動する前、燃料を充填する前、カウントダウンに入る前など段階的に行われる。その都度、井手の判断が求められることになる。「コスト的にも、決められた日時に発射するのが当然ベストです。しかし、天候の影響で万一のことが起きては絶対にならない。そのため状況によっては、“発射か、延期か”、大きなジレンマを感じることもあります。そんなとき、いつも自分に言い聞かせているのが『虚心に気象データを見つめろ』ということ。客観的なデータこそが冷静な判断の頼りです」。

実際、金星探査機「あかつき」を積んだ17号機の打上げ時には、突然の天候悪化を受け、発射予定の約5分前に延期が決定された。再度準備するには最低でも数日はかかる。地球と金星の位置関係から打上げ可能期間が限られていた中での決断は、井手にとって自らの役割の重さを実感した忘れられない出来事だ。同時に、どんな課題があっても解決していく自信を得た絶好の機会となった。

「縁の下の力持ち」であり続けることが誇り

図:H2Aロケット17号機の飛行経路

井手が軌道設計を担当したH-IIAロケット17号機の飛行経路。エンジン燃焼の停止位置や人工衛星の分離位置などが詳細に示されている。

子どもの頃から宇宙に興味を持ち、マンガや工学書など関連する本を読みあさり、大学でも航空宇宙工学を専攻。そんな井手は、現在のロケットの軌道設計、姿勢制御という仕事について「縁の下の力持ち」と語る。「でも、そうであり続けることに誇りを感じています。私たちが目立つことなく、淡々と打上げ成功記録を重ねていくことが一番なのです」。

そう控えめに言うものの、その裏には想像を超える緻密な計算がある。例えば17号機であれば、目標は地球から遠く離れた金星へと続くピンポイントの軌道。そこへ全長53メートル、重さ289トンの物体を、軌道からわずか誤差数キロメートルで投入するのは至難の業だ。さらに打上げから2分5秒後に固体ロケットブースターを、4分25秒後に衛星フェアリングを分離と、すべての投棄物についても正確な落下域が計算されている。「分離したブースターなどを次々と海へ投棄していくため、絶対的な安全が要求されます。万一にもリスクが生じないよう、コンピュータ上で幾度となくシミュレーションを繰り返し、軌道を導き出すのです」。

そこで大きな役割を果たすのが、これまで三菱重工が積み上げてきたノウハウだ。ロケットの重さのおよそ9割は燃料。揺れ動く液体燃料が詰まった物体の複雑な動きを制御するには、まさに膨大な計算が必要になる。「そこで私たちの世代は、どうしてもコンピュータの能力に頼り、力業で計算してしまいがち。ところが経験豊富な先輩方は、モデル化という技を巧みに使います。複雑な事象からエッセンスを抽出し、単純化してからシミュレーションする。私が長々と書いていた計算式をほんの数行にまとめられてしまうこともあるほどです」。このような先輩たちに囲まれて仕事をすることで、井手の軌道設計の精度も磨かれてきた。

人工衛星とともに研究者らの夢を運ぶ

写真:宇宙システム技術部計画課のメンバー

軌道設計やソフトウェア設計を行う宇宙システム技術部計画課のメンバーたち

ロケット打上げ輸送サービスは、惑星探査や地球観測など多彩な使命をもった人工衛星を宇宙へと届ける。それは多くの研究者の夢を同時に運ぶ仕事でもある。その最前線で安全性や確実性を支えているのが井手をはじめとする面々だ。

彼らが担う人工衛星のプロジェクトとは、計画段階から10年以上の歳月をかけるものも少なくないという。ロケットが発射してから、人工衛星を分離するまでの時間は数十分。このとき、それまでの歳月が報われる。井手は言う。「延期から3日後、無事に17号機が打上げられたとき、金星探査機『あかつき』の顧客のプロジェクトエンジニアが私にかけてくれた『ロケットは最高の仕事をしてくれた』という言葉は、今も大切な宝物です」。

ロケットや人工衛星が進化する中、軌道設計などの業務もより高度になっていくことだろう。そこで求められるのは、現状に満足しない挑戦心だ。「航空宇宙分野は、宇宙へ活動を広げる人類の挑戦そのもの」。そう語る井手の情熱が、今後も無限の可能性を持つ宇宙開発に新たなページを加えていくに違いない。

No.171 熱人探訪
航空宇宙事業本部 宇宙事業部
宇宙システム技術部 計画課