宇宙開発の今と未来を支える三菱重工の責任、今後への期待とは?(2007年開催)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事
河内山 治朗 氏
1970年、早稲田大学理工学部卒。特殊法人宇宙開発事業団(当時)に開発部員として入社し、ロケット開発本部主任、宇宙輸送システム本部H–IIAプロジェクトマネージャなどを歴任。2006年4月から、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事に就任。
読売新聞東京本社 編集委員
知野 恵子 氏
1979年東京大学文学部卒。同年に読売新聞入社。政治部、経済部、科学部などを経て、1999年1月から読売新聞東京本社の編集局解説部次長を務める。2007年4月からは、読売新聞東京本社 編集委員に就任。
東京大学 大学院 航空宇宙工学専攻 教授
中須賀 真一 氏
1988年、東京大学大学院博士課程修了、工学博士(航空学専攻)。日本アイ・ビー・エム(株)に入社し、AI(人工知能)や自動化工場に関する研究に従事した後、1993年から東京大学へ。先端科学技術研究センター、航空宇宙工学専攻の助教授を務めた後、2005年に航空宇宙工学専攻の教授となる。
三菱重工からの参加者

名古屋航空宇宙システム製作所
技監・技師長
前村 孝志

航空宇宙事業本部 宇宙機器部長
浅田 正一郎
三菱重工の「ロケット打上げ事業」はどうあるべきか?
浅田
まず、皆さんに「ロケット打上げに期待すること」をお伺いしたいのですが。
中須賀
打ち上げたい時に打ち上げられるロケット、ほとんど失敗せずに打ち上げられるロケットを日本が独自に確保しておくことが一番大事です。
宇宙空間にいろんな衛星を送り届けるためにも、確実に打ち上がるロケットを確保する、という役割を三菱重工に担ってほしいと思っています。
さらに言えば、年に2回の打上げではなくて、もっと頻繁に打ち上げられる技術を持っていたいですね。
前村
当社が今の設備でつくれるのは、年間4機から5機です。しかし、それに見合う数のニーズが日本にはありませんので、海外の衛星を打ち上げる必要があります。
中須賀
そこが難しいところで、すでに競合するロケットが海外でたくさん売り出されている中で、衛星打上げが本当にビジネスとして成立するのかどうかは、ちょっと疑問だなと思っています。
前村
当社で、ロケットの売上は全体の1~2パーセントに過ぎません。代々のトップも、ロケットは技術の集大成で、技術に生きる会社としての象徴だと言っています。国の基幹ロケットを維持することが当社の責務であり、誇りであると。ただし、この責務を果たすと同時に事業として成り立たせるためには、打上げ数をある程度確保しないと駄目なのです。
中須賀
やはり「数」が要るんですね。
前村
要ります。例えば2006年度は従来より多くて、4機打ち上げました。数多く打ち上げれば、必ず不適合が見つかるのですが、このことが大切なのです。
浅田
こうして見つけた不適合を改善し、それを積み重ねていくことでロケットは完成していく—ある程度「数」をこなさないと技術は洗練されません。日本の実用液体ロケットはこれまで43回しか上げていませんが、有人ロケットとして使われているロシアのソユーズは1,600回も上げています。それぐらい上げて、やっと安心して人が乗れるものになるのだと思います。
中須賀
上げれば上げるほど不適合が減っていく。失敗しないように努力しなければならないけれども、失敗も成功のためには大切だ、ということですね。
河内山
それと、「打上げ」だけがロケット技術ではない、ということも強調しておきたいですね。
「打上げ」は車輪の片方に過ぎません。ロケットの製造技術、サービス技術、そして産業化のための技術も含めて「打上げ」の技術を維持することは、絶対に必要です。しかし「研究開発能力」という、もう片方の車輪も必要なのです。これから先、この両輪で国産ロケット技術を高めていくべきだと思っています。

知野
国民としての立場から言えば、やはり「打上げ」に成功してほしいですね。
新聞の性質として、今後ずっと打上げが成功していけば、しだいに記事にならなくなって、記事のスペースも小さくなる(笑)。失敗すれば、今度は急にバンと大きく出たりして(笑)。「マスコミは失敗だけを大きく取り上げる」というご批判もあるとは思いますが、失敗した時は「これからどうなるのか」を知りたくなるから大きく扱われる。そこのところを理解していただきたいですね。
中須賀
ロケット技術のプロフェッショナルなら涼しい顔をして「上がって当たり前だよ」という、そういう時代にしていってほしいと思います。
浅田
早くそういう時代にしたいですね。今は必死でやっています。打上げから衛星が無事に分離されるまで安心したことはないです。
河内山
本来、信頼性は当たり前のことで大騒ぎするのはおかしいのです。私も「当たり前のように上がる」ようにしなければいけないと思います。
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第1段用エンジンの製造風景

発射台に起立される第1段ロケット
河内山
私も、失敗経験は大切なことだと思います。しかし、三菱重工には、完璧なものづくりを目指すという高い志も持ってもらいたい。そんな志を支え、実現していくための「考える力」も。
「考える力」をつけるためには、さらなる研究開発が必要だ、というのが私の持論です。すなわち「もう片方の車輪」ですね。
前村
H–IIAを開発してからすでに10年ぐらい経っていますから、当社の若い世代のエンジニアは「開発」を経験していません。
開発は創造を促し、そこから考える力がつきます。そして、考えたことの結果が出て、また考える、というサイクルを繰り返していくことによってエンジニアが成長していくのです。
浅田
前村や私は非常に幸せ者でして、H–IやH–IIの開発にどっぷりと浸る期間がありました。打上げをしながら、いつも次のことを研究し開発してきました。そのことが私たちを鍛えてくれたのです。
だから、これからもH–IIAを確実に打ち上げながら、新しい領域の研究開発にも着手して、その中で若い技術者を育てていきたいですね。
知野
国民の多くは、このH–IIAで外国の衛星を打ち上げれば「日本の技術力が証明された」と誇らしく思うかもしれませんが、我々はやはり、次の技術者が育って、我が国のロケット技術が向上することを期待します。そういう観点から言うと、次に何を目指すのか、「使い切り型」から「再使用型」へと発展させるのか、それとももっと別のものなのか、次の輸送系のビジョンを明確にして、その研究開発の中で技術者を育てていければいいと思いますね。
河内山
次のプロジェクトを考える技術者を育てることが次の技術開発につながります。さらに、こうして開発された技術が、H–IIAの信頼性を高めることにもつながるのです。
中須賀
後から入ってきた若い技術者は、初期の技術者がゼロから積み上げてきた中で身につけた「ここは大事」「こうすれば壊れる」などの感覚が弱いですから、それをどう伝えるかという伝承が大事です。こうした伝承は、三菱重工のみならず協力会社の人々にも必要だと考えています。
H–IIAを継続的に打ち上げていくにはコストダウンを追求しなければなりませんが、一方で、協力会社の人々にいかに開発当初と同じくらいのモチベーションを維持してもらえるか。このことがコストダウンと信頼性を両立させなければならない三菱重工にとって非常に大きな課題だという気がしています。
浅田
おっしゃる通りです。当社も、パートナー会社のモチベーション維持は大きな課題であると認識しています。
ロケットというのは巨大なシステムですから、すべてを内製するわけにはいきません。したがって、多くの同業者やパートナー会社につくってもらったものを当社が統合していくのですが、当然、それらの品質も当社が管理します。しかし、二次・三次下請けまで完璧に管理しきれるかというと、難しいところがあります。
そこで、我々は今「SQRAM(Supply-chain Quality Re-engineering Assessment Managing team:スクラム)活動」といって、パートナー会社との関係を強化する活動を進めています。例えば、各社の人々を当社の工場に招いて「あなたの会社の製品はここに使われています」と示すのです。そうすることで、「ああ、こういう所で役に立っているのか」と感動を呼び、モチベーションの向上が図れていると思っています。
河内山
コストダウンするためには、全体コストだけを管理していればいい、というものではありません。コストを構成する詳細部分まで踏み込んで、どうしたらもっと安くなるかということをメーカーと議論していく能力をJAXA側も持つべきだと考えています。その点も三菱重工と一緒に取り組みたいテーマの一つで、コストダウン活動の一番重要なところです。
阿部
当社にとって、商業ミッションの最大の目的は、打上げの信頼性、確実性をキープする、ということではありますが、コストダウンを怠ることは許されません。
知野
日頃から、どうやって民営化事業として採算をとるのだろう、と疑問に思っていました。例えば「一民間企業のビジネスに対して、なぜ国はこんな支援をするのか」とか「三菱重工が国にどこまで支援を求めているのか」などの疑問に対して説明し、透明性を高めていかないと誤解されると思います。
浅田
民営化というのは、日本の基幹ロケットの「運用」を任されている、ということです。運用というのは、主に衛星顧客との調整から機体製造、打上げまでを一元的に請け負うことですが、基幹ロケットの信頼性向上、安定的な打上げ機会や打上げ基盤の確保などは、引き続き国が担当されるべき役割です。官民分担を明確にして下さい、ということであり、国に支援を求めているわけではありません。そこが、一般の皆さまには伝わっていないのかもしれません。
国が負担すべき部分は負担してもらい、当社も独自のコストダウン努力をすることで、国際競争も高まるだろうと考えていますが、これらを透明性のある形で実践しなさい、ということですね。
河内山
文部科学省の宇宙開発委員会などでの説明責任がありますので、JAXAとしても、それはやりたいと思っています。
阿部
一般の方々が抱いている疑問などに対して、我々メーカーとしてもキチンと説明していかなければいけないなと、お話を聞いて改めて思いました。
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前村
JAXAは長期的なビジョンとして「月面到達」を掲げておられます。2017年頃には無人機を飛ばし、その次が月面基地。そして最終的には、月と地球との間を輸送する輸送機の開発など。当社も、そんな夢のあるプロジェクトに参加できないかと考え、独自の月ビジョンを提案しようとしています。
河内山
月に行く場合も、ほかの星の探索でも、ネックになるのは、いい輸送手段がないということです。この問題を解決するために、ぜひ皆さんと協力しながら、少しずつ前進していきたいものです。H–IIAがそのベース、出発点です。
知野
宇宙開発の取材を15年以上しているのですが、皆さんがおっしゃる宇宙開発のビジョンは15年前とあまり変わっていない印象です(笑)。
ビジョンが曖昧だと国民の支持を得られないですからビジョンを掲げるのは大切だと思いますが、心に訴えかけてくるものが少ないと感じています。
中須賀
「月」もいいと思うのですが、今一番やらなければいけないのは「地球」を見ることだと思います。地球の環境保全にいかに宇宙開発が貢献できるか。地球のサステナビリティというものに宇宙開発がどう貢献していけるか。このことをもっと真剣に考えていかなければいけないんじゃないでしょうか。
日本は、非常に高い環境保全技術を持っています。月には行かないかもしれませんが、日本は「環境の番人」として機能していく、といったビジョンを打ち出していけばいいと思っています。
浅田
そうすることで、世界から尊敬される国になると。
中須賀
これを三菱重工みたいな会社がやるべきだと思います。ロケットで打ち上げた衛星で環境データを集めて、それを地上の環境関連事業に生かして、宇宙と地上との連携をとる。これらを統合して行うことは、どの会社にもできることじゃないですから。
阿部
当社の環境関連事業と宇宙開発を結び付けるといい、というご意見ですね。なるほど、それができるのは確かに当社のような会社だと思います。そんなご意見を伺って嬉しくなる反面、当社が地球社会と人類のために担っていける役割の大きさに改めて気づき、身の引き締まる思いです。
浅田
今日いただいた貴重なご意見をH–IIAロケットをはじめとする宇宙開発事業、そして、この地球上で展開しているさまざまな事業に生かして、さらに社会に貢献できる会社を目指したいと思います。本日はどうもありがとうございました。

