ページの先頭です。 ページの本文へ サブメニューへ メインメニューへ フッタへ

HOME企業情報会社組織名古屋誘導推進システム製作所名古屋誘導推進システム製作所の沿革

名古屋誘導推進システム製作所の沿革

1920年(大正9年) 三菱内燃機製造株式会社名古屋工場として発足。
1934年(昭和9年) 三菱重工業株式会社名古屋航空機製作所と改称
1938年(昭和13年) 名古屋発動機製作所として分離独立(大幸工場)。両製作所で終戦までに零戦、100式司偵ほか、航空機18,000機、航空機エンジン金星ほか52,000基を製作。
1945年(昭和20年) GHQから軍需生産禁止命令。
1952年(昭和27年) 航空機事業再開、航空エンジンの修理作業を開始。
1956年(昭和31年) 名古屋航空機製作所として発足。
1957年(昭和32年) GCM1エンジンの開発に着手。
1958年(昭和33年) 航空機(F-86F)用油圧機器の生産に着手。
1966年(昭和41年) DART-10エンジンの修理を開始。
1967年(昭和42年) 地対空誘導弾(NIKE-J)の生産に着手。
空対空誘導弾1型(AAM-1)の生産に着手。
CT63エンジンの製作に着手。
1971年(昭和46年) JT8Dの製作に着手。
1972年(昭和46年) 小牧北工場建設。
1975年(昭和50年) N-1ロケット1号機の打ち上げに成功。(LE-3搭載)
1976年(昭和51年) 田代試験場建設。
1978年(昭和53年) 戦車用油圧機器の開発に着手。
1980年(昭和55年) 80式空対艦誘導弾(ASM-1)の生産に着手。
ボーイング向け油圧機器の生産に着手。
1981年(昭和56年) 空対空誘導弾(AIM-9L)の生産に着手。
1983年(昭和58年) V2500エンジン国際共同開発に着手。
H-IIロケット用LE-7エンジンの開発に着手。
1985年(昭和60年) 地対空誘導弾ペトリオットの生産に着手。
1986年(昭和61年) H-1ロケット1号機の打ち上げに成功。(LE-5搭載)
大幸工場を閉鎖、小牧北工場へ移転。
1988年(昭和63年) 88式地対艦誘導弾(SSM-1)の生産に着手。
1989年(平成1年) 二事業所体制に移行。
 名古屋誘導推進システム製作所
 名古屋航空宇宙システム製作所
PW4000シリーズエンジン共同生産に参加。
1990年(平成2年) 90式空対空誘導弾(AAM-3)の生産に着手。
90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)の生産に着手。
1991年(平成3年) 91式空対艦誘導弾(ASM-1C)の生産に着手。
1992年(平成4年) 地対空誘導弾ペトリオット能力向上に着手。
1993年(平成5年) 93式空対艦誘導弾(ASM-2)の生産に着手。
ANA向け大型エンジンテストセル受注。
1994年(平成6年) H-IIロケット1号機打ち上げに成功(LE-7・LE5A搭載)。
H-IIAロケット用LE-7Aエンジンの開発に着手。
1995年(平成7年) 地対空誘導弾ペトリオットの定期修理を開始。
1997年(平成9年) MG5-100エンジン型式承認取得。
TS1エンジンの生産に着手。
シンガポール航空子会社向け大型エンジンテストセル受注。
1998年(平成10年) ボーイング向けRS-68ロケットエンジン用部品の生産に着手。
宇宙ステーション補給機(HTV)の開発に着手。
1999年(平成11年) ボーイングとの共同開発MB-XXロケットエンジン開発に着手。
SM-3日米共同技術研究に参画。
2001年(平成13年) H-IIAロケット1号機打ち上げに成功(LE-7A・LE5B搭載)。
2002年(平成14年) PW6000エンジン共同事業に参加。
2004年(平成16年) 04式空対空誘導弾(AAM-5)の生産に着手。
B787搭載Trent1000エンジン共同開発に参加。
地対空誘導弾ペトリオットPAC-3システム(地上装置)の生産着手
2005年(平成17年) 地対空誘導弾ペトリオットPAC-3システム(ミサイル)の生産着手
ヘリコプタ用PW210エンジンに共同開発
2006年(平成18年) SM-3 日米共同発射実験に成功
2008年(平成20年) A350XWB搭載 Trent XWBエンジン共同開発に参画。
2009年(平成21年) H-IIBロケット1号機によるHTV技術実証機打上げ・ISSへの輸送成功
ページのトップへ戻る