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長崎造船所 史料館 岩崎家コーナー

岩崎彌太郎は藩政改革のため閉鎖予定のあった土佐藩経営の開成館を受け継ぎ、土佐開成商社(のちの九十九商会)を興して海運業に乗り出した。これが三菱の起源である。彌太郎はこの他炭坑、金属鉱山、造船その他当時国家的に重要と見られた事業に積極的に投資した。彌太郎の跡を継いだ弟の彌之助は三菱社を設立し、本格的な事業の確立に務めた。各事業が隆盛を極めわが国産業界の中心的役割を果たしたのは、久彌(彌太郎の長男)の時代である。小彌太(彌之助の長男)は久彌の跡を受け、三菱合資会社から各事業部を分離独立させて株式会社とし一大企業集団を形成した。

写真:岩崎彌太郎
岩崎彌太郎
写真:岩崎彌之助
岩崎彌之助
写真:岩崎久彌
岩崎久彌
写真:岩崎小彌太
岩崎小彌太
岩崎彌之助の手紙 郷男爵への手紙・直筆
岩崎彌之助の手紙 郷男爵への手紙・直筆
岩崎小彌太の手紙 野沢氏への手紙・直筆
岩崎小彌太の手紙 野沢氏への手紙・直筆

三菱マークの由来

三菱の社章は1870年(明治3年)10月、岩崎彌太郎社長の創案によるものといわれている。1914年(大正3年)6月、三菱合資会社が現在のマークを社章として登録した。

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